御手杵のほしいもの
注意書き
筋トレがしたい御手杵とそれに巻き込まれる審神者のお話です。
とある本丸の昼下がり。 昼食の時間が終わり、出陣をする者、内番にあたる者がそれぞれの任務をこなす。 出陣にも内番にも指名されていない者はおのおのが自由に余暇を過ごしていた。
ここにいる槍の付喪神、御手杵もその一口だ。 審神者により各刀剣に与えられた自室に御手杵はいた。 御手杵は真剣な顔でとある雑誌とにらめっこをしている。 それは現世で売られている、ジャングルの奥地に住んでいる超人の名を冠した雑誌のようだった。
春と呼ぶにはまだ遠いが、めずらしく暖かいよく晴れた日だったので、御手杵は自室の障子を開け放っていた。
眉間にシワを寄せながら何か考え込んでいる様子の御手杵の近くを偶然審神者が通りかかる。
「御手杵?」
心配そうに尋ねる審神者。
「ああ、あんたか……」
心なしか元気がなさそうな御手杵。たまらず審神者は御手杵に尋ねる。
「何か悩みごと?私でよければ相談に乗るよ」
しかし御手杵は浮かない様子。
そんなに深刻な悩みなのだろうか。ここは彼の主として力になりたいところだが、はたして私にそれが務まるだろうか……。
審神者が身構えていると、しばらくして御手杵がゆっくりと口を開く。
「うーん、そうだなぁ……」
御手杵は審神者の目をじっと見つめる。しかし、御手杵の口からその続きが語られることはなく、それどころかだんだんと目をキラキラと輝かせ始めた。
「そうか……!あんたなら何とかできるかもしれないな!」
きちんとした説明も受けられず、わけがわからない様子の審神者。そんな審神者を置いてけぼりにして、御手杵はひとりで納得をしている。
「御手杵、どういうこ……とっ!?」
どういうことなのか説明してほしい。 審神者がそう聞き終わるまでに、御手杵はスクワットを始めてしまった。審神者を横抱きにして。審神者がその状況を理解するまでにしばらく時間がかかった。
審神者の眼前には御手杵の首元。審神者の耳元ではスクワットに合わせて繰り返される御手杵の荒い呼吸。わずかに鼻腔をくすぐる御手杵の素肌の匂い。
どの刀剣も美男子と称される刀剣男士の色香にあてられて、正気を保つ方が無理というものである。
もう駄目だ……
御手杵の腕の中、涙目で縮こまっている審神者がそう思った頃、急に御手杵は審神者を降ろした。
たまらず審神者はへなへなと床にへたりこんでしまった。
すると、御手杵は審神者に目線を合わせるように隣にしゃがみ込んだ。そして、困ったような笑顔を浮かべ、
「悪かった。あんたの重さならちょうどいいと思ったんだ。でもよく考えたらあんたじゃ軽すぎるよなぁ」
うんうんとうなずきながらひとりで納得している。
重さ?何のことだろうか。
ぼんやりする頭で審神者は考える。すると、御手杵の足元に雑誌が2冊、無造作に置かれているのが目に入った。表紙にはそれぞれ大きくこう書かれていた。
【自重トレーニングを極める】
【バーベルトレーニングのすすめ】
トレーニング?あまり良い予感がしない。
引き続き、ああでもない、こうでもない、と悩んでいる御手杵に居住まいを正した審神者が話しかける。
「御手杵。悩んでいるところ悪いけど、どういうことか説明してもらおうか」
怒っている訳ではないのだが、思わず早口になってしまい問い詰めるような口調になる。
御手杵もその雰囲気を察し、スッと表情を引き締め襟を正して話しだす。
「同田貫に現世の雑誌を借りたんだ。これなんだけど」
床に無造作に置かれていた雑誌を手元に引き寄せながら審神者に説明する。
「最初は自重トレーニングってやつをやってたんだけど、だんだん物足りなくなってきちゃって」
御手杵は表紙に自重トレーニングと大きく書かれている雑誌のページをぱらぱらとめくりながらそう話す。そして、今度はバーベル特集の雑誌を手に取る。
「そしたら次にこれを同田貫に勧められたんだ。でもバーベルまでは貸してくれなくてさ。どうしたものか考えていたところにあんたが通りかかったんだ」
御手杵は審神者を見つめる。
「それで私を使って自重トレーニングをしようと?」
そこまで黙って話を聞いていた審神者は半眼で御手杵に訊ねる。
御手杵は審神者の視線の意味に気づいているのかいないのか、屈託のない笑顔で大きくうなずいた。
御手杵の反応に審神者は深い深いため息をついて目頭の間を揉んだ。
「でもあんたはものすごく軽いから全然だめだな。もっと食った方がいいと思うぞ」
審神者の様子全く気に留めることもなく御手杵は話し続けている。
「御手杵」
審神者がぴしゃりと言い放つと、たまらず御手杵は背筋を伸ばして姿勢を正す。
「トレーニングするのは構わない。構わないけど、いきなり説明もなくこんなことをされてはびっくりしてしまうよ」
努めて優しく語りかけるように話す審神者の言葉に御手杵はしゅんとうなだれてしまう。審神者は続ける。
「バーベルは本丸の備品として揃えよう」
それを聞いた御手杵は弾かれたように顔を上げて、
「いいのか!?」
と、声をあげると同時に思わず審神者の両手を握る。御手杵の顔は上気してとても嬉しそうだ。
「いいも何も、刀剣男士が強くなろうとしているのに審神者がそれを止める理由はないよ」
審神者がそう伝えるやいなや「同田貫にも教えてくる!」と御手杵は同田貫正国のいるであろう方向へバタバタと走り去っていった。審神者は御手杵の自室にぽつんとひとり取り残される。
しかし、審神者はそこから動かなかった。正確には動けなかったのだが。
***
び、びっくりしたああああ。何だ今の。なんだいまの。な ん だ い ま の。最後までちゃんと審神者としてふるまえていただろうか。いきなりあんなことをするなんて。もしかしたら会えるかもしれない、と思って部屋の近くを通ってみたけれど、まさかこんなことになるなんて。
御手杵がいなくなった部屋で審神者はひとり悶絶していた。耳まで真っ赤にして両手で顔を覆い隠したまま天を仰いでいる。かと思えば、急にうなだれたり、頭を振り乱したりとせわしないことこの上ない。
審神者は御手杵に想いを寄せていた。それもずいぶん前から。
しかし、自分は刀剣男士を使役する者。会社で例えるならば上司と部下のようなもの。そんな自分が想いを伝えるなど言語道断。ならば、その想いは墓場まで持っていこうと覚悟を決めていた。そう決めていたのだが、今回のようなことがあるとふいに恋慕の情が顔を覗かせる。
ずいぶん飼い慣らしたつもりだったが、やはり恋心というものは一筋縄ではいかないようだ。
ああ、恋なんてするもんじゃないな。
ふたたび想いを押し殺し、審神者としての表情を顔面に貼りつける。
「よし」
両手で両頬を軽くたたき、先ほどの約束を果たすために審神者は御手杵の部屋を去っていった。
ところで、御手杵という槍は偵察能力が高い。短刀や脇差ほどではないものの、槍の中ではずば抜けている。
御手杵が去ったあと審神者の様子を終始隠れ見ていた大きな影がひとつあった。耳をほんのり赤く染めた御手杵である。
勢いよく同田貫正国のところへ向かったものの、ついでに借りていた雑誌を返してしまおうと自室へと引き返してきたのだ。
そこで室内の異変に気づく。審神者の様子がどうもおかしい。
最初はおかしな動きをする審神者を見て何か憑き物のしわざかと思い気配を押し殺し身構えた。だが、どうやら憑き物のたぐいのしわざではないようだった。
審神者に見つからないギリギリのこの距離からではよくわからないが、何かに身悶えているような……?
いつも落ち着き払っている審神者とは違う、とても新鮮な姿に思わず視線を奪われてしまう。
なんだあれ。かわいすぎないか……?
そうこうしているうちに審神者は落ち着きを取り戻し、どこかへ行ってしまった。
名残惜しく思いつつも、御手杵は審神者が去った自室へと戻り、床に置かれたままの雑誌を拾い上げる。そして先ほどの出来事を思い返していた。
審神者が通りかかったのが偶然とはいえ少し強引だっただろうか。
審神者に触れたいがあまりに必死になっていたのが伝わってしまっただろうか。
御手杵もまた審神者に特別な感情を抱いていた。こちらもずいぶん前から。
そして御手杵も審神者に想いを伝えるつもりはないようだった。
人の子が、末席とはいえ神様から好意を寄せられても困るだけだろう、というのが御手杵の考えだった。
御手杵がずっと欲しかったバーベルは、偶然通りかかった審神者により叶えられそうだ。
だが、御手杵の本当にほしいものとは。
あとがき
最後までお読みいただきありがとうございます。
字書きさんに憧れて自分でも書いてみた処女作です。
仮タイトルは「ターザン御手杵」でした。